「・・・・・・ねぇ・・・パパぁ?」
「そろそろ迎えに行ってあげれば?」
「・・・・・・・・・・。」
時刻は夜の7時50分。蛍光灯は部屋に明るい雰囲気を齎してくれるけれど、そこにいる人物たちはそうはいかない。
「・・・・・・おなかすいたよぅ・・・。」
「今日はハンバーグだって、張り切ってたのに・・・。」
「「それもこれもパパ(父さん)のせいで・・・・・・」」
「・・・・・・なんで、ウチの子たちは俺に冷たくって綾乃に甘いんだ???」
酷い。差別だ。
そう言って八神家が誇るリビングのソファで泣きまねする、この家の主に、彼の子供たちは冷たい視線を投げかけた。
「差別って言うか、どうせ今回も父さんが余計な一言、母さまに言ったからこうなったんだろう??」
いつもの事じゃん。
そう言って、全面的にお前が悪い。そう言うかの如く冷めた視線を投げかけるのは、長男、。
「そうそう。まぁ、ママもいい加減聞き流せばいいのにって思わなくもないけど、それはママだから仕方ないし。
とりあえず、パパ、ママの気が済むまで謝って来て。」
それまで帰ってきちゃダメだよ〜?
そう言ってにこやかに彼のジャケットを手渡すのは、長女ので・・・。
「・・・?やけに準備がよろしいことで・・・。」
「うん。あのね、パパ?私、いま、すぅぅぅぅぅごく!!!おなかがすいてるのね?早くママの美味しいご飯が
食べたいわけなのね??」
ママの作るハンバーグ。ずぅぅぅっと楽しみにしてたのよね???
愛らしい笑顔の裏に。いい加減にしないとキレるぞ?と脅しを篭めたの言葉に。大人で、父親であるはずの
和麻ですら冷や汗をかいている。(曰く、八神家で一番怒らせると怖いのは父、和麻よりも双子の姉である
なのだ、とか。)
「・・・・・・・・・む・・・迎えに行ってきます・・・。」
「「是非そうしてください。」」
和麻の言葉に。は「ようやく動いたか。」というような呆れたような声で、は「それ以外の言葉はないよ
ね?当然よね??」という、やはり笑顔で明るい声でそう答えて・・・。
二人の子供の、そんな態度に、和麻は重い腰を上げた。
八神家の家庭の事情その1
八神綾乃は3日に1度家出します。
八神家で主たる和麻が子供たちの批難を盛大に浴びている頃、綾乃は神凪宗家の、煉の部屋に立てこもってい
た。もちろん、ずっと、というわけではない。綾乃には宗主としての仕事があるため、それが片付くまでは、
イライラしつつもきちんと役目は果たしていたのである。が、やはり、元来強烈な気性の持ち主である綾乃の
怒りは半端な者ではなく、綾乃のサポート役として細かい雑務を担う煉にとってはホトホトいい迷惑である。
「・・・綾乃姉さま?」
「・・・・・・何、煉。」
「いい加減、帰ってあげればどうですか?ちゃんやくん、きっと姉さまの帰りを今か今かと待ってい
るハズですよ?」
かわいい子供たち二人を待たせて、姉さま、それでいいんですか?
早くも最大の切り札を綾乃に突きつけるあたり、煉もいい加減綾乃の扱いに慣れてきた、ということなのだろ
う。今、綾乃が何よりも大切にしているのは二人の子供たちだから・・・
「・・・とは、頭のいい子だもの。・・・きっとわかってくれてるはずよ。」
「・・・約束だったのでしょう?今日の夕飯はハンバーグだって。」
「なっ!!!?」
「よっぽど嬉しかったんでしょうねぇ〜。僕にこんなメールくれましたよ?」
そう言って自分の携帯を綾乃に見せた煉は「相変らず可愛いですね、ちゃんは。」と、まるでその時の
姪っ子の顔が容易に想像できたのだろう、煉の表情は穏やかに微笑んでいて・・・。
「・・・・・・。」
「ね?姉さま。こんな可愛いちゃんに、今現在悲しい顔させてるんですよ?」
ママの作る美味しいハンバーグ、早く食べたいから煉おにーちゃん!ママのお仕事減らしてね!からの
お願いvv
そう、書かれた煉宛のメール。そして煉の言葉で綾乃もまたのコロコロとよく変わる表情が簡単に思い
浮かんで、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだが・・・。
「・・・・・・帰れるわけ、ないじゃない。」
ポツリとそう呟く綾乃に、煉は深い溜息をついた。
綾乃だって本当は早く帰りたくて仕方がないのだ。それは綾乃の顔を見ていたらわかる。けれど、どうして
もそれが出来ないのは、綾乃が昔と変わらず強情だからだ。
と、言うか、喧嘩の内容自体が昔と変わらずくだらないものなのに、よく此処まで粘れるなと。密かに煉は
思う。それと同時に現在進行形で被害を被っているであろう可愛い姪と甥に限りなく同情する。
「姉さま・・・。」
「・・・少しは、困ればいいのよ。困って、どうしようもなくなって、それで・・・・・・」
あたしを、本当に必要としているなら。迎えに来て・・・。
最後の言葉は音にはしなかったが、煉には何となくわかる気がして、再び溜息をついた。
何故姉さまは、兄さまに必要とされてないって、そう思うんだろう?
そもそも、今の和麻は、綾乃なしではきっと生きていけないくらい綾乃に溺れていると、誰が見てもそう思
うのに。(昔も結構そんな感じだったけれど。目に見えてわかるようになったのは結婚後、双子が生まれて
からだ。)なのに、この姉は、それに気づかず今も不安に震えている。
・・・それはやはり、姉さまの心のどこかで、『彼女』を超えられないと、諦めている部分があるからなのかな?
元々鈍感ではあるけれど、流石にもう、いい加減気づいてもいいだろうそのことに、未だ気づかないという
ことは多分、そういうことなのだ。
和麻は、綾乃を選んだ。
過去を乗り越え、綾乃と歩む道を、自らの意思で選び取ったのだ。
過去の想いも。今の想いも。全てを受け入れて。それでも尚、譲れないものがあったから・・・。
だから。宗主継承の義の時、本来ならば神凪宗家で宗主として存在し続けねばならなくなる綾乃を、横から掻っ
攫って行ったのだろうから。
『八神和麻』の、永遠のパートナーとして、綾乃を、手に入れたのだろうから・・・。
綾乃は和麻に必要とされている。それは間違いない。
さて、それをどう説明したものかと、考え込む煉を他所に、綾乃の思考はどんどん暗いものへと変わっていく。
本来ならば綾乃にそんな暗さなどないのだ。寧ろ怒りに身を任せ我が道を突っ走っていくというのが、誰しもが
知る、綾乃の本来の姿だ。が、時は流れ、綾乃ももう二児の母。それなりに感情もセーブできるし、冷静な判断
も出来るようになった。それが故に、行動より思考の方が先に来るようになってしまったのだ。一昔前の綾乃な
ら、考えるよりも、まず先に手が出る方が断然早かったはずなのだが。
「・・・何時までそうやって拗ねてるつもりだ?」
「「!!!!!!??」」
いつの間に部屋には行ってきたのかわからないくらい、自然に、且つ唐突に現われた存在に、二人は一斉に声の
主へと振り返って・・・
「か・・・ずま?」
「兄さま!!!」
「ったく・・・何でお前の駆け込み寺はいつもいつも煉の部屋なんだよ。」
宗家にはお前の部屋だってちゃんと残ってるだろーが。
そう言って不機嫌そうな表情を浮かべる和麻に、綾乃はそんな和麻の態度が気に入らないのだろう。一瞬、和
麻が此処に来た事に喜びはしたものの、すぐに不機嫌になって「アンタには関係ないでしょう!?」とそっぽを
向いた。そんな綾乃を窘めるべく煉が綾乃の肩に手をかけようとするのだが・・・。
「お前、自覚してねぇだろ?お前は、俺の妻だ。人妻が何時までも旦那以外の男の部屋にいるんじゃねぇ。」
「なっ!?」
「ったく、無防備すぎなんだよ、何時まで経っても・・・。」
そんな煉より先に綾乃の腕を掴み引き寄せた和麻はやはり不機嫌そう・・・というよりは煉に対して嫉妬心を剥
き出しにしていて・・・煉は何で僕がこんな目にと、内心涙を流した。そもそも何故、実の兄に、こんな感情を
ぶつけられなくてはいけないんだと、正直やるせない。
「ちょ・・・和麻!離してよ!!」
「いい加減にしろ、綾乃。何時までも、そうやって駄々こねていい歳じゃねぇだろうが。」
「誰がそうさせてると・・・・・・!!!!?」
売り言葉に買い言葉で反論する綾乃だったが、ふと、唇に落ちてきた柔らかい感触に目を丸くさせて・・・。
「・・・・・・悪かった。」
「!!!?」
「いい加減戻ってきてくれないと・・・俺の手に負えなくなる。」
そう言って何とも切なそうな表情を浮かべる和麻に。綾乃はそれまでの不機嫌は何処へやらふっと笑顔さえも
浮かべていて・・・。
「・・・なぁに?子供たちのためなの??」
「半分は、な。もう半分は・・・」
言わなくてもわかるだろう?
そう言っていちゃつき始める兄夫婦を、どうやって追い返そうかと、煉は頭を抱え込んだのだが、まぁ、仲直
りしてくれてよかったと、そう思うのも確かで・・・。
「・・・・・・遅い・・・。」
時刻はもう、今日から明日へ変わろうとしている。
「なぁ、?本当に煉さん、父さん達が帰ったって行ったのか?」
「うん。間違いなく、3時間前に。しっかりと。」
ほら。
そう言って見せられたの携帯には、煉からの優しいメールがしっかりと残っていて・・・。
「にしては遅すぎるけど・・・。」
そう言葉を濁しただったが、その、未だ両親が帰ってこない現状に、何となくは予測が付いていた。
「もぅ!!!何で、帰ってこないのよぅ!!パパァ!!!ママァ!!!!!!!」
おなかすいたぁ!!!!!!
そう言って暴れだす姉に、ははぁっと溜息ついて・・・。
「仕方ない。。何か作って先に休もう?」
で、起きて二人がいたら、盛大に文句を言おう?明日は学校休みなんだし。わがまま言っても許されるからさ?
の提案に、眉間に皺を寄せながらも唸るは、しばらくしてはぁっと溜息吐いて・・・。
「・・・そうだね。もしかしたらまた喧嘩しちゃって揉めてるかもしれないもんね。」
あの二人ならやりかねない。
そう肩を落としながらキッチンへと向っていくに、は内心それはないだろうなとツッコミを入れたの
だが。如何せん、鋭いようで割りと鈍い自分の半身たる姉に、それを伝える気は全くない。
「ちゃん、とりあえずトーストとサラダでいい?」
「うん。俺も手伝う。」
家にお留守番の双子ちゃんはこうして家事を着実に身につけていくのだった。
余談だが、綾乃と和麻がたちの待つ家に帰ってきたのは朝日が昇る頃だったとか何とかで、それでも健
気にリビングで、眠ってしまったがソファで二人の帰りを待っていたの怒り様は相当なものだったとか
で、の機嫌が直るまで、綾乃はずっとの好きなものを作り、和麻も、がほしがっていたものや
要望を気の済むまま聞かされ続けたらしい。
八神家において一番権力があるのは、長女、なのかもしれない。
続く??